政財界の名士や文人も愛したとされる「大市すっぽん」は創業340年。現在は18代目がその暖簾を守っている。
建物の基礎はほぼ創業当時のまま。志賀直哉の『暗夜行路』で、「恐らく何百年と云う物らしく、黒光りのしている」と記された階段も健在。志賀直哉、芥川龍之介、直木三十五の3名が共に食事をしたとされる言い伝えもあり、建物全体からその歴史の重みを感じられる。
メニューは、○鍋(まるなべ)コースのみ。石炭を原料とするコークス(燃料)を用いて1600℃以上の高温でいっきに炊き上げられる調理法は、大市を象徴する独自のものだ。
コークスを使った調理に使う土鍋も大市オリジナル。信頼する窯元と作り上げた信楽焼の専用の土鍋は20年以上、土を寝かせて粘りや硬さを調整して作られる。店で2ヶ月かけて酒と醤油の味を染み込ませられ、合格したものだけがお客さまの前に料理と共に並ぶことができる。客前に出せる土鍋は10個のうちたった2~3個というから驚きだ。
メインとなるすっぽんは、浜名湖で100年以上の歴史をもつ「服部中村養鼈場」で育つ。50mプール約18個分もの大市専用の養殖池があり、選び抜かれた上質なすっぽんだけが京都へと届けられる。自然に近い環境で4~5年かけて天然露地飼育されたすっぽんは、濃厚さと淡白さを併せ持った絶妙な味わいだ。
店内に一歩入ればそこは別世界。340年の歴史と智慧が積み重ねられた空間でいただくごちそうは、まさに格別だ。