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京料理「なかむら」の歴史は文化文政の頃、
ぐじやさば、かれいなどの若狭ものを所謂「鯖街道」を通じて
資源に恵まれぬ京都に運び、都の公郷衆に供することを生業とした初代若狭屋清兵衛にさかのぼります。
質素を旨とした卿の風潮の中で材料を厳選させ、美味たらんことを出入りの商人達に要求した
公家衆のしごきに応えて二代目若狭屋清兵衛は調理の技を磨き鯵の神髄に迫りました。
芸事に通じ茶を嗜んだ三代目中村庄三郎は茶懐石の出張料理を得意とし、
その屋号を「中庄」とよんで「なかむら」の料理の要を創りました。
観世流謡曲師範の四代目中村正蔵は、太平洋戦争の真只中、
強制疎開により本拠を失いながら当時、軍や政府の要人が泊まる俵屋、
柊家、炭屋の各旅館に仕出し料理を納め、戦後、能楽への夢を捨て、
京料理「なかむら」を設立し、 屋号「一子相伝なかむら」の下、今日の基盤を築きました。
営々として味の道をいとなみ続けた「なかむら」は、
千利休の 「この年、この月、この日、客を迎えてする菜は生涯中この一回の他に非ず」
という一期一会の心を身に体し、決して奇をてらわず、
古い料理を古いままに、そしてその中にキラッと光るものを感じさせるべく、
古い伝統に新しい創造を加味し、ひと言「うまい」と言わせたい・・・。
「即味心也」を肝に銘じて代々一人の世継ぎだけに伝える一子相伝を
頑なに守り精進を続けております。